ガーデニングフェスタ2003 in熱海
at 2003 05/24 00:16
ガーデニングフェスタ2003 in熱海の会場は、眼前に海のひろがる親水公園だった。正面に、先だってどこかの馬鹿に海中の送電線ケーブルを切られて大騒ぎになった初島が浮かんでいる。そこはかとなく、悪魔的な忍び笑いがもれてしまう。 ブースの設営が終わった。 「課長さんは、東京の人でしょう?」 ガーデニングフェスタ2003
in熱海の会期は一週間だが、一日だけ現場責任者の代役を引き受けた俺に、シルバー人材センターから派遣されている二人のお母さんのうち、ちゃきちゃきの江戸弁を使うほうの人が訊いてきた。 「はい。K市です」 「あら、K市から来たの?あたしも二十八年前まで住んでいたの。いまでも弟夫婦とお友達がいるわよ」 「おや、それはまた奇遇ですね」 「ところで、北口商店街のOさん、去年、夜逃げしたそうね。どうして?」 「あの家はMS銀行の苛烈な貸し剥がしに遭ってましてね。一家心中を計ろうとしたこともあったそうだが、結局、香ばしい人生の選択をなさって、一件落着。めでたし、めでたし・・・ですわい」 まさか熱海の海岸で、土地のシルバーさんと、当方の地元商工会系ゴシップを語らうとなどは予想もしていなかった。 「しっかし、ヒマですね」 「ひまなのよ〜♪」 ステレオの返事が、うれしそうに返ってきた。雰囲気のよさとは裏腹に、客がさっぱり来ないのは、困りものだ。商品も、ほとんど減らない。仕事はサンプリングだからいいものの、給与がもし歩合制だったら、今回はシルバーさんの人件費も出ないだろう。見回すと、会場はおろか、町そのものからして活気がない。いつかまた景気が良くなるだろう、という自助努力の片鱗もない思い込みが蔓延し、熱海の町はさびれる一方だという。俺からして、福島県の磐梯熱海、バンコク・ニューペッブリ通りのAtami(?)はたまに行くから意識しているけれど、静岡の東端に本家があったことなど、感覚的にすっかり忘れていたほどだ。 お母さんたちは苦虫を噛み締めるようなおもざしで、声を潜める、 「ようするに、議会が馬鹿なのよ。市長も頭が足りないし」 そして、もうひとりのお母さんが補足した、 「利権がないと、ここの政治家ときたら、誰も動かないの」 緩慢な途上国化は、日本全国に言えることで、ひとえに熱海に限った傾向ではない。 同じ顔の浮浪者が、無料配布の帽子をなんべんも貰いにくる。 「帽子、くれよ」 人影が疎らな上、ロクなやつが来ない。 「一個くらい、商品も買ってけよ」 「いいじゃないか。帽子、くれよ」 浮浪者は、食い下がる。 「東村山の図書館から、活きのいい中学生を四、五人連れて来るぞ」 浮浪者は、すごすごと引き下がった。 入れ替わりに、パリッとした背広姿のハイヤー運転手が転がり込んできた。 「あら、どうしたの」 顔見知りのお母さんが困惑気味に頭を掻く運転手に問い掛けた。 「時間契約の観光客を載せてんだけどさ。女のほうがやけに若くて、どうやら不倫みたいなんだよ。あんまり関わり合いたくないから、ガイドはしないことにした」 あっけらかんと職務放棄を宣言するドライバーは、遠くのベンチで海を見つめながら語らう初老男と三十路女を指した。あからさまに、あやしい。まあ、父娘にも見えなくないが、なにしろ熱海なので、運転手の推論にはなまめかしい説得力が伴っていた。 「どーしょもない町だな。ここはソドムか?」 俺の慨嘆を聞き、お母さんたちがニヤリとした。 「ねえ、課長さん。本社の人たち全員で、熱海に移住しなさいな。好きにしていいから」 「そうよ。ど派手に戦争でもやって、熱海を独立国にしちゃったら?」 なんちゅう無茶を言い出す主婦たちか!過激な変人揃いは自覚しているが、ウチの会社、シルバーさんたちから、いったいどんな企業と見られているんだろう? 「よし。それじゃ、お母さんたちにはそれぞれ大臣のポストを用意します。ついでに、さっきの浮浪者のオッサンも正規軍に入れてやろう」 ほのぼのしたガーデニングフェアにあるまじき不穏な会話に終始して、ピンチヒッターの一日は終わった。 撤収が済み、タクシーで駅へ向かう。 「自分は元々熱海の人間じゃないけれど、駄目なんですよねぇ、ここ」 開口一番、自分が余所者であることを強調し、ドライバーは町の悪口を言い出した。 俺は見晴らす景色とサルジニアの風景を重ね合わせ、 「モナコみたいに、F1グランプリでもやってみたらどうですか?」 「そういう意見も出ています」 真面目な答えだった。しかし、花火の音さえ五月蝿いと住民の反対運動が起こるらしく、レースなど、とてもできない相談だという。 「別荘ばかりじゃ、住民税もとれないしね」 「東京都がはじめる前に、カジノをやるしかないでしょうね。初島を大改造して」 月並みだ。宮下順子はグレース・ケーリーたりえない。いくら温泉があっても、グランプリができなければ、熱海はマカオより貧相である。なんとも寂しい将来展望だった。 「シンガポールをモデルに経済特区にしてしまうってのは?」 独立国計画が頭の片隅に残っていた。 「つまり、自由港・アタミ計画」 「はあ。なるほど」 感心したように頷き、 「そのアイデア。いけるかも知れない。うん。きっと、”プロジェクトX”に出れるぞ」 ・・・出られねえよ。 車はつづら道を上がっているのに、ドライバーは黙々とメモをとりはじめる。おいおい、どうでもいいけど、ちゃんと前を向いて運転してくれぇ。
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