つとに変なお寺を愛でるジレッタントのはしくれを自認している好事家にとって、石手寺の驚嘆は、「見え透いた筋書き」、と言えないこともない。
 目下のところ、菅直人みたいにお遍路さんに出る謂れのないおいらが、奇特にも石手寺へ詣でようとするからには、いちおう俗物なりの理由があった。
  かねてより、嗜好を同じくする多くの方々から推挽され、同時に過日の面影まるでなし、といった嘆きの声を仄聞していた石手寺。とにもかくにも、いっぺん見ないことには評論の仕様がない・・・
 堅気の巡礼はさっさと切り上げ、意気込んで本堂裏手の「地底マントラ」を探し、あっさり見つけて人気のない入り口に忍び寄った。


まずは異界入り口の賽銭箱に100円を喜捨する。
さあ、とくと見せてもらおうぢゃないの・・・


ううっ・・・これが、例のアレか〜(;´Д`)ハァハァ...(女陰ぢゃないよ)。

 初めて訪れる石手寺の地底マントラ。運命を髣髴させるような既視感はおぼえなかったけれど、ちょっとリニューアルしたのか、ひんやりした空気には、新しいコンクリートのニオイがまじっていた。お地蔵さんを手すりポールに動員してしまうセンスは噂どおりのニクい心遣いだった。
 かつての名物、フラッシュが壊れて久しいとの話は聞いていたので諦めているが、全体として悪くはないんじゃないのか。


「はじめまして。ご高名はかねがね」などと挨拶してみるが、
貫禄がイマイチである。上の電球傘も、まるで蜘蛛の巣だ。


ワット・ケークや、先月訪れたワット・バイロンウアと比べると、コンクリートと
木彫り文明の融和を感じさせる。・・・しかし、どこかアイヌの民芸品みたいな感じ。


・・・ごもっともです。


んでもって、出口わにざぶろー。昔は用水路か何かだったのだろう。
出てはみたけれど、ありふれた農道みたいな道へまろび出る。

 ・・・・まず、ぐるりを見回すと、真正面で布袋さんが暢気な顔をしてダイドードリンコの自販機のよこに胡坐をかいていた。
 そして、閻魔大王。もっともここじゃニューフェイスらしい。しかし、「そう。これでなくちゃ、閻魔さんとは呼べないよ」、ってくらい正統派の地獄の主の面構え。ワット・パイロンウアの優男(いちおうリンク張っておくけど、覗いたらブラウザの「戻る」で戻って来てね)は感心せんよな、やっぱり。
 ちなみに、御座所にはWelcomeとか書いてある。

 閻魔さまにWelcomeと言われてしまった以上、もうここは地獄なのだろうか?
 とりあえず銀色のガネーシャみたいなやつが、いろんな武器を持って金色のUFOを守っていた。
 
曇り空が惜しいけれど、梅は七部咲き。

地獄の天女さんが笛を吹く。
 ベンジャロン焼きUFOの内部。ここも半生コンクリートのニオイが立ち込めていた。やはり、ごく最近、一連の構造物に補修の手がはいったらしい。まあ、おいらには関係ないことだ。こっちは楽しければいいのである。
 ずらりと円形に並ぶは宇宙人だか、なんだかよくわからない仏さん。
 いしで幼稚園。
 知る人ぞ知る石手寺付属の名門幼稚園である。我々の後継者を育てる教育がなされているかどうかは疑問だが、ここで数年間を過ごした幸福なぴよちゃんたちは、並みの子供より強力な平常心を備えるだろう。


弁天さんがいて、山の上にも空海さんがいます。

 疑問・・・幼稚園はいいが、芸術教室というのは一体どんな芸術を教えてくれるのだろうか?
 おいら的には、横で手を広げていらっしゃる方が先生なら入門きぼんぬ。

それでもって、ふたたび地下の迷宮へ・・・帰りは、コースが左手に迂回する。
マントラの出口。
 左翼のアジめいた字面が並ぶ本堂に手を合わす参拝者の方。よくよく考えてみれば、原始仏教とはストイックな無神論。なまじ右にこじつけるより、左翼的解釈のほうが馴染みやすいかも知れない。

 左翼チックというより、やたらと反戦思想が鼻につく名刹ではあるけれど、よくよく見ると、なるほど硫黄島玉砕の慰霊碑があったり、特攻隊の生き残り、中村俊夫画伯の作品が所蔵されていたりと、なるほど石手寺には大東亜戦争に関係するオブジェがすこぶる多い。
 そんな中で、ひときわ印象に残ったのが、松山パゴダの存在だった・・・・

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